専門医療について

1. 腎臓移植について

 末期の腎不全に至ると、腎移植・血液透析・腹膜透析という3種類の「腎代替療法」の何れかを選択することになります。腎移植は、腎臓の機能や日常生活を最もよく改善するもので、最も良好な生命予後を得ることが可能な治療法です。

 腎臓移植は病気で働きを失った腎臓を提供された健康な腎臓と取り替える治療法で、今のところ末期の腎臓病(腎不全)の唯一の根本的治療法といえるものです。腎臓移植をすると透析治療から解放されますし、食事の制限も緩和されて気分もすっきりし、全身状態が大きく改善します。女性では妊娠・出産も可能になり、お子さんではほぼ正常に近い発育が期待できます。

 しかし提供された腎臓を長持ちさせるためには生涯にわたる免疫抑制薬の服用が必要で、その副作用としての易感染性や易発がん性のような問題もあり、どの治療法を選ぶかはその人の身体状態や生活状況を総合的に考慮した上で決めます。しかし、どの治療法を選ぶにしても自分で自分の健康に気をつける<自己管理>が最も大切になります。

末期腎不全に対する腎代替療法

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 わが国における腎臓移植は、欧米に比べて件数こそ少ないものの、30年以上の実績があり、今や定着した治療法となっています。現在わが国には約30万人の腎不全の患者さんが透析療法を受けており、そのうち約12,000人の方が献腎移植の登録をしています。さらに潜在的には透析患者さんの約1/3が腎臓移植を希望していると推定されています。しかし提供される腎臓はまだ少なく、希望がかなえられる方は年間1300人前後に過ぎないのが現状です。そのような状況の中で腎臓移植を受けられる方は、献腎移植、生体腎移植を問わず、たいへん幸運であると申せます。

 「腎移植」の手術自体は数時間で終了します。しかし、ドナーから提供された移植腎は移植を受けるレシピエントから見ると異物のため、そのままでは直ちに拒絶反応が生じて腎臓は機能を失います。そこで拒絶反応を防止するため、腎移植後は終生「免疫抑制療法」を継続する必要があります。腎移植の手術の方法自体は何十年も前と大きな変化はありませんが、免疫抑制療法は目覚ましい進歩を遂げて参りました。その結果、血液型が異なるドナーや配偶者からでも腎臓の提供を受けることが可能になりました。移植前の検査でドナーとの免疫学的な相性が多少悪くても移植が出来るようになり、移植後に生ずる急性拒絶反応もそのほとんどが治療で改善するため移植腎の生着率も年々向上しています。

 腎臓移植の手術後の経過には3つの段階があると言えます。まず第1段階は手術が成功裏に終わり、術後の回復期を経て無事退院できるまで。第2段階は退院直後から移植後数ヶ月までで、まだ免疫抑制剤の濃度や体調が不安定になり得る時期。第3段階は移植後3〜4ヵ月を経過して安定期に入ってからです。
第1段階は手術直後の合併症や腎機能がまだ不安定な状態を乗り越える必要があり、患者さんにとって精神的にも身体的にも負担の多い時期です。しかし、経験ある医療スタッフを信頼してその指示に従えば、ほとんどの場合この時期を乗り越えることが可能です。
無事退院しても移植後3~4ヵ月までの第2段階は、拒絶反応や感染症などの合併症の可能性があり、頻回の外来受診と家庭での療養が必要な時期です。

 この時期を無事乗り越えると第3段階の安定期に入り、いよいよ社会復帰の準備が始まります。通院も月1回程度となり、自己管理の比重が高まります。移植された腎臓を長持ちさせ得るかどうかは、90%以上はこの時期の患者さんの自己管理にかかっていると言っても過言ではありません。この時期においても油断は禁物です。医師の指示に従って規則正しく免疫抑制剤を服薬し、何か異常があったらすぐに当センターの外来を再診するなどの注意が必要です。その意味では、この時点からが自己管理の本当の始まりと言えましょう。腎移植自体は数時間で終わりますが、免疫抑制療法を中心とした自己管理は移植腎が正常に機能している限り、自分の意志で終生続けて行く必要があるものです。

 提供された腎臓を大切にし、健康で活動的な生活を長く続けることは、腎臓を提供された方の善意に報いることでもあります。このサイトは腎臓移植を受けた方が、移植後どんなことに注意して生活していったらいいか、その要点をまとめたものです。より詳しいことや患者さん個人個人の事情については、主治医の先生に相談していただかなくてはなりませんが、贈られた腎臓を大切にするための自己管理の手引きとして役立てていただければ幸いです。  

2. 腎移植後の免疫抑制療法と生着率

 免疫抑制療法には、大別して三つの大きな要点があります。もともと免疫系は、人体を感染症や発がんや異物から守る仕組みです。移植された腎臓は自分の体から見ると異物ですから、そのままでは拒絶反応が起こります。そのため、免疫抑制療法の第1の要点は、拒絶反応を抑制することです。拒絶反応は移植後何年経っても起こりえますから、免疫抑制剤は毎日内服し続けることが必要です。移植腎が機能喪失する約半分の原因は慢性拒絶反応によりますが、その原因の約半数は免疫抑制剤の飲み忘れにあるという報告があります。まず朝晩の薬の内服を習慣づけることが大切です。

 免疫抑制療法によって拒絶反応は防止出来ますが、その反面、感染や発がんを防止する働きが弱まります。その結果まず感染に罹りやすくなります。しかし感染の罹りやすさには個人差があり、腎移植患者でもほとんど風邪にも罹らないという方も多数おられます。いずれにせよ、普段から感染症に注意し、人ゴミの中に外出するときはマスク着用や手洗いを励行し、38度以上の発熱があった場合は悪化する前に当センターを受診してください。

 免疫抑制療法の三つ目の要点は、定期的に成人病検診、特にがん検診を受けることです。がんは自分の正常細胞の突然変異から生じます。普通はそれを免疫細胞が貪食して除去していますが、免疫抑制療法を行うとその働きが弱くなるため、普通の人よりも発がん率が上がります。それでも発がんの頻度で言うと、100人の人が5人ほど発がんするところが10〜15人発がんする程度です。日本人の2人に1人が一生に一度は発がんする時代ですから人よりも少し早めに発がんすると考え、移植後は定期的にがん検診を受けてください。今は早期にがんが見つかればその大部分が手術で治療可能な時代でもあります。

 免疫抑制剤によって拒絶反応が抑制され、感染症や発がん、一般的な成人病である心疾患や脳血管障害などの合併症が防止されていれば、移植腎の機能が長く維持され、多くの方において健常人に近い日常生活を送ることが可能になります。

腎移植後に移植した腎臓が機能している割合(生着率)

図2

2009〜2012年に東京女子医科大学腎臓外科で腎移植を受けた方の成績
青:生体腎移植 334名、赤:献腎移植 53名

3. 腎移植はどんな手術か ?

 腎臓移植の手術は、提供された腎臓を本来の腎蔵の場所でなく、下図のように下腹部の右ないし左の位置に移植します。これは安全に手術しやすく、膀胱に近く、皮膚の上から触れることができ、その後の管理がしやすいためです。もとの腎臓にはふつう手をつけず、そのままにしておきます。手術は約4~5時間で終わります。

 腎臓は左右に1つずつ2つある臓器ですが、移植する腎臓は1つです。もちろん2つの場合より最大の能力は低くなりますが、日常生活にはほとんど影響はありません。

 腎臓移植には、家族など健康な人から提供された腎臓を移植する生体腎移植と、死後善意により提供された腎臓を移植する献腎移植とがあります。後者はわが国では心臓が停止した死後に提供された腎臓を移植していましたが、近年は臓器移植法案の改正により脳死で提供された腎臓の方が多くなってきました。
生体腎移植の場合は移植手術の直後から尿が出来るようになり、順調に行けば移植後は透析をする必要が全くなくなります。献腎移植の場合は提供された臓器を輸送する間に腎臓が虚血状態に陥るため、移植後は何回か透析が必要になる場合がよくあります。しかし、次第に尿がよく出るようになり、順調に行けば移植後1週間から10日ほどで透析から離脱出来ます。

 腎臓の移植手術は大きな侵襲を伴う治療ですから、場合によっては何らかの合併症などによって移植した腎臓の機能が発現するのに時間がかかる場合もあり得ます。しかし、移植手術は新しい生きた臓器を自分の体に定着させていく治療のため、ほとんどの場合は時間の経過と共に状態は改善されていきます。そうした場合は経験ある医療スタッフの指示に従って不安定な周術期を乗り越えてください。

腎臓を移植する場所

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4. 移植手術前と手術後の注意点

手術前の注意点

 生体腎移植は予定手術ですから手術前に外来で全身状態を十分に検査し、移植の支障となり得る問題が発見された場合は、それを治療してから移植に臨みます。移植後に拒絶が起こるリスクが高いと判断された場合は、入院前から免疫抑制剤の内服を少量ですが開始する場合もあります。移植に際して大きな問題がないと判断された場合でも、移植までに感染症に罹ったりしないよう注意して体調維持に努めてください。  

 生体腎移植では移植日の1週問ほど前に入院して準備します。手術前には、血液検査、胸部X線、心電図、肺機能検査、膀胱の検査、免疫学的検査などが行われます。献腎移植では緊急手術になります。いつ手術になってもよいように日頃から健康管理に注意し、体調を常によい状態に保っておいてください。近年、献腎登録をした方は、年1回登録施設で献腎検診を受けることが義務化されました。そうした機会も利用して、体に問題がある部分が見つかれば、早めに精査加療を受けておくことが望ましいと言えます。 また、献腎移植の待機中は、いつでも連絡をとれるようにしておくことが大切です。場合によって深夜や透析中に連絡が入ることもあります。呼び出しがあれば、直ちに病院へ行き、必要な検査を受けて手術に備えます。

手術後の注意点

 手術後2~3日は安静にし、点滴で栄養や水分を補給します。食事は、翌日は流動食、2~3日後にお粥、人によっては普通食がとれます。生体腎移植や脳死腎移植では多くの場合手術後すぐに尿が出ます。しかし、心臓が停止した後に提供された腎臓ですぐに尿が出ない場合は、出るまでの間透析を続けます。

 移植後は、拒絶反応を防ぐための免疫抑剤の服用を開始し、毎日その血中濃度を測定して内服量の調節をします。また術後の体調の回復に応じて体の可動域を拡げていきます。尿が出るようになると、移植腎の機能を十分に発現させるための尿量を確保するため、十分に飲水することが大切になります。長期透析後の移植の場合は膀胱が萎縮し、最初はあまり尿を膀胱に溜め過ぎないようにする必要があります。その場合は頻回の排尿も必要になります。

 移植後の経過は人によって異なりますが、生体腎移植であれば退院は移植から2〜3週間後、献腎移植であれば1ヵ月後くらいです。

献腎移植の場合の入院から他院までの流れ

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5. 退院後の経過と生活

導入期(3〜4ヶ月後まで)と維持期(4ヶ月以降)

 移植手術後の経過は、手術後3~4ヵ月までの導入期(急性期)と、それ以降の維持期(安定期)に分けられます。

 導入期は拒絶反応(急性拒絶反応)が起こりやすく、免疫抑制薬の内服量も多いため、免疫力が低下して肺炎やサイトメガロウイルスなどの感染症も起こりやすい時期です。

 3~4ヵ月を過ぎて腎機能が安定してくると免疫抑制薬の量を減らすことができます。体力が回復すれば職場や学校に復帰することになります。 しかし慢性拒絶反応、元の病気の再発、薬の毒性による腎障害などが起こってくることもあり、感染症への注意も依然必要です。

 何れの時期であっても、体重増加や発熱など拒絶や感染を疑わす症状が出たり、何か普段と違う症状が出たときは、直ぐに連絡していただくか外来を再診してください。

〔東間 紘:腎移植の実際 p. 444、南江堂、1985より。一部改変〕

腎移植後の経過と自己管理

図5

免疫抑制療法における拒絶と感染の関係

 免疫抑制療法においては、免疫抑制が不十分だと拒絶反応が起こり、行き過ぎると感染症に罹るというバランスの中で免疫抑制療法は行われます。それだけに医師の指示通り免疫抑制剤を正しく服薬し、何か不調があればすぐに医師に連絡することが大切です。

拒絶反応と感染症の関係

図6

6. 拒絶反応とは

拒絶反応とは移植腎を異物(非自己)として排除しようとする反応

 私たちの体には、何か異物が侵入してきたとき、これを排除しようとする仕組みが備わっています。これが免疫で外敵から体を守る大切な仕組みです。
 移植された腎臓は、移植を受ける人の体にとっては異物にほかなりませんから、免疫の仕組みはこの腎臓を壊して取り除こうとします。これが拒絶反応です。

急性拒絶反応と慢性拒絶反応

 拒絶反応には、移植後3ヵ月以内に起こる急性拒絶反応と、それ以降に起こる慢性拒絶反応があります。急性拒絶反応は急に移植腎の働きが悪くなりますが、免疫抑制薬がよく効きます。慢性拒絶反応は徐々に起こり、免疫抑制薬はあまり有効ではありません。特に慢性拒絶反応は移植腎を失う最も多い原因の一つで、十分な注意が必要です。

拒絶反応の起こり方

 腎臓が移植されると、免疫の見張り役のマクロファージがこれを見つけ、異物の侵入を免疫の司令官であるTリンパ球(ヘルパーTリンパ球)に知らせます。その情報を得たヘルパーTリンパ球は、異物を破壊する力を持つ他のTリンパ球(細胞障害性Tリンパ球)を動員して移植腎に侵入し攻撃します(急性拒絶反応)。ヘルパーTリンパ球はまたBリンパ球に抗体というものを作るように促します。抗体は移植腎の血管にとりついてこれを壊します(慢性拒絶反応)。もし強い拒絶反応が起こると、このようにして移植された腎臓は破壊されてしまうのです。

図7

拒絶反応の症状と早期発見

急性拒絶反応

 急性拒絶反応が起こると、急に腎臓の働きが低下します(血清クレアチニンの急上昇)。熱が出たり、尿量が減ったり、血圧が高くなったり、時には腎臓が腫れたりすることもあります。腎臓の働きが低下したままにしておくと移植腎を失う結果につながるため、早期発見・早期治療が大切です。定期的な受診を欠かさず、少しでも体の不調があれば主治医に連絡しましょう。血液検査で診断できないときは、腎臓の組織を一部取って調べる腎生検を行います。急性拒絶反応は早期に発見出来れば、その大部分は薬で治療が出来ます。

慢性拒絶反応

 慢性拒絶反応が起こると、血清クレアチニンが徐々に上昇します。尿蛋白が出たり、血圧の上昇、貧血、むくみが進みます。慢性拒絶反応は、ドナーの細胞に特異的に反応する抗体(DSA)というものによって起こります。慢性拒絶反応も、血液検査や腎生検によって診断は可能です。そのため、慢性拒絶の場合も定期的な受診を怠らないことが大切です。DSAと呼ばれる抗体が出来た場合、それに対する治療方法はありますが、十分な効果が得られないことがあります。慢性拒絶反応は現在の医学では十分にコントロールできないのが現状です。

 ある報告によると、慢性拒絶反応の原因の約半数は、薬の飲み忘れ(怠薬)によるものでした。そのためDSAを作らないためにも、処方された免疫抑制剤を規則正しく内服することが免疫抑制療法の基本にして秘訣と言えます。

拒絶反応の発現時期と対処法

 急性拒絶反応は移植後3ヶ月以内に最も起こりやすく、それ以降も移植後数年間は起こり得ます。免疫抑制剤を正しく内服していれば、理論的にはそれ以降は起こらなくなるはずです。しかし、免疫抑制剤の内服を何らかの理由で中断すると、移植後何年経ってからでも起こります。移植腎機能が廃絶して透析が再導入された後でも、移植腎に血流がある間は急性拒絶反応が起こることが希にあります。

 つまり、急性拒絶反応は移植後3ヶ月以内か、薬の飲み忘れや薬の量を減らしたとき、あるいは薬の作用を弱めるような他の薬を服用した時などに起こりやすくなります。定期的な受診のほか、できるだけ自分で尿の回数、体重、血圧を測る習慣をつけましょう。
急性拒絶反応は、ステロイド剤の大量投与(パルス療法)、その他の免疫抑制薬の併用で、発見が早けれぱほとんどの場合改善します。食事と睡眠を十分にとり、体力をつけてこの期間を乗り切ることが大切です。

 慢性拒絶反応は、移植後数ヶ月以降、何年経っても起こり得ます。最初は、ドナーの細胞に特異的に反応する抗体(DSA)が生じます。これには症状は伴いません。その後、徐々にクレアチニンが上昇し始め、移植腎機能がゆっくりと低下していきます。それでも自覚症状はないため、通常は定期受診時の血液検査で発見されます。慢性拒絶反応の確定診断は、PRAと呼ばれる免疫学的な血液検査や腎生検によります。

 DSAが出来る原因の一つは、何らかの理由で免疫抑制剤の血中濃度が低下したことが考えられます。しかし、DSAが出来るには偶然の要素も有り得るため詳細は不明です。DSAが生じて慢性拒絶反応が起こると、血漿交換や薬剤の使用によりその進展を防止することはある程度可能ですが、根治することは難しいことがしばしばあります。しかし、そうした場合でも、血圧のコントロール、貧血の改善、蛋自尿を減らす、食事を腎不全食に変えるなど、できるだけ腎臓の働きを保つ治療を行ってゆきます。

急性拒絶反応と慢性拒絶反応の特徴と症状

  時期 症状 治療効果
急性
拒絶反応
移植後3ヵ月以内に起こる 急な腎機能の低下(血清クレアチニン上昇)
発熱、尿量減少、体重増加、血圧上昇、腎臓の腫れがみられることもある
免疫抑制薬が
効きやすい
慢性
拒絶反応
移植後3ヵ月以降に起こる 徐々に腎機能が低下(血清クレアチニン上昇)
蛋白尿、貧血、血圧上昇、むくみ
免疫抑制薬が
効きにくい

7. 移植後の感染症について

腎移植後に起こりやすい感染症

 感染症は、細菌、ウイルス、真菌(カビ)などの微生物が体内に入って、いろいろな臓器や全身に障害を引き起こす病気です。健康な状態では、微生物が体内に入っても免疫系によって取り除かれ、病気を起こすことはありませんが、免疫抑制療法を受けている状態では様々な感染症を起こす可能性があります。感染症は、もともと自分の体の中にある微生物が病気を起こす場合と、新たに外部から感染する場合があります。

 とくに導入期は免疫抑制も強く行われていますので、呼吸器感染や尿路感染や腸炎など各種の感染症にかかりやすく、また重症にもなりやすいので十分な注意が必要です。維持期には免疫抑制薬の量も減って免疫力も回復してきます(図)が、抗生物質に耐性を持つ細菌の感染症や、重篤な間質性肺炎となり得るカリニ肺炎や、サイトメガロウイルスの感染などには注意が必要です。38℃以上の熱が出たら、直ぐに外来を再診してください。

多くは抗生物質などによる治療で回復

 感染症の多くは抗生物質や抗ウイルス薬などの投与により回復します。場合によっては免疫抑制薬の量を減らします。  
感染症の対策は予防が第一で、とくに導入期は人混みを避ける、帰宅時はうがいや手洗いを励行するなどの注意が必要です。発熱や咳、皮膚に発疹が出たようなときは、すぐに外来を再診しましょう。

腎移植直後に起こりやすい感染症

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導入期に見られやすい感染症

サイトメガロウイルス感染症

 移植直後の免疫抑制が強い間は、日和見感染の一種であるサイトメガロウイルスに罹ることがよくあります。最初は発熱や心窩部痛で始まることもありますが、無症状のこともあります。早期の発見は血液検査によります。それで診断がつけば、サイトメガロウイルスの治療薬の内服が始まります。ほとんどの場合はそれで軽快します。しかし、その薬の副作用で白血球が減少することがありますから、主治医の指示に従って外来通院を続けてください。

尿路感染症

 術後比較的早いうちは細菌感染による膀胱炎、腎孟炎、前立腺炎(男性)など、少し後からウイルスによる出血性膀胱炎などがみられます。細菌性膀胱炎では尿が近い、排尿のときに痛い、尿が濁るといった症状がみられます。腎孟炎では高い熱が出て、移植腎に痛みが生ずることがあります。前立腺炎では発熱と膀胱炎と同様な症状が出ます。出血性膀胱炎では血尿になります。多くは抗菌薬などの治療でよくなります。尿路感染症は維持期にもしばしばみられ、繰返し起こるときは、尿路の病気が隠されていることもありますので、一度検査してもらいましょう。

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帯状疱疹

導入期にも維持期にも現れやすい感染症です。水ぼうそうのウイルスによるもので、体の片側に帯状に、はじめ赤く、後に黒くなる小さな水ぶくれができ、強い痛みを伴います。帯状疱疹は痛みを伴う数少ない皮膚疾患です。抗ウイルス薬などで治療します。

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その他

 術後早い時期に尿路感染症などから大量の細菌が全身に散らばる敗血症が起こることがあります。黴菌が血液の中に侵入した状態です。高い熱が出ますが、早期に抗生物質を投与することでほとんどは大事に至らずに済みます。また1ヵ月前後にはウイルスによる口唇炎(唇周辺の小さな水ぶくれ)や口内炎、少し後にはカビによる口内炎などが起こることがあります。

維持期に見られやすい感染症

肺炎

 ウイルス(サイトメガロウイルス)や真菌(ニューモシスチス・カリニ)による間質性肺炎が起こることがあり、治療が遅れるとしばしば重い状態になります。高い熱で始まり、咳、たん、息切れ、病気が進むと呼吸困難がみられるようになります。早いうちに免疫抑制薬を減量し、抗ウイルス薬または真菌に効く抗菌薬で治療します。

 また、細菌、結核菌などによる肺炎を起こすこともあります。胸部X線などの定期的な検査が必要です。微熱、咳、たん、息切れなどが続くときはただちに受診しましょう。

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皮膚感染症

 真菌(カビ)による皮膚病で、胸、腹部、手足の皮膚などに多くみられる皮膚カンジダ症、足白癬(水虫)や体部白癬(たむし)、あるいは胸や宵中に小さな発疹ができる癩風(でんぷう)という皮膚病もあります。免疫抑制薬を減量し抗真菌薬を投与します。皮膚真菌症はしばしば免疫抑制薬が過量になったときの徴候になります。

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その他

 脳と脊髄を包む髄膜にカビが感染して起こる髄膜炎は維持期に入った頃に起こりやすく、発熱、頭痛、嘔吐・首が曲がりにくいなどの症状が出ます。子供では細菌による中耳炎が起こることがあります。頸などのリンパ節が腫れてくるウイルス感染症もあります。

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麻疹(はしか)と水痘(みずぼうそう)

 いずれもウイルスによる病気です。はしかは熱、咳、目の充血などで発症し、口の中に小さな白い斑点が出るのが特徴で、やがて全身に発疹が出てきます。水ぼうそうは発熱と全身にはじめ赤く、後に水ぶくれになる痒みの強い発疹がでます。子供の頃かかった人では免疫がありますが、移植後など免疫力の低下している人では重症になることがあり、注意が必要です。家族や職場、学校でこれらの病気あるいは他の感染症にがかった人が出た場合は、しばらく別の場所で過ごし、病気の人との接触を避ける必要があります。こうした疾患が疑われる場合は、直ぐに主治医に連絡しましょう。

多くは抗生物質などによる治療で回復

 感染症の多くは抗生物質や抗ウイルス薬などの投与により回復します。場合によっては免疫抑制薬の量を減らします。

 感染症の対策は予防が第一で、とくに導入期は人混みを避ける、帰宅時はうがいや手洗いを励行するなどの注意が必要です。発熱や咳、皮膚に発疹が出たようなときは、すぐに外来を再診しましょう。

8. 腎移植後の発がんについて

 がんは日本人の死因の第1位で、日本人の2人に1人が一生に一度は発がんし、3人に1人はがんで亡くなります。がんは国民病で、腎移植をしなくても発がんする確率は低くありません。しかし、免疫抑制を行うことで、一般人より発がん年齢が下がり、リンパ腫や皮膚がんや腎がんなど一般人が罹りにくい臓器のがんの発生率が高まります。免疫抑制剤に発がん作用はありませんが、がん細胞を貪食して発がんを抑えている免疫細胞の働きが弱まるため、発がんの素因があるとそれが表面化しやすくなります。

 全ての臓器のがんで見ると、相対的な発がん率が一般人より2〜3倍高くなるため、頻度で言うと100人の一般人中5人ほどが発がんするところが腎移植患者では10〜15人ほどが発がんするようになります。そのため発がんしない人も85〜90人いますが、一般の人以上にがんの早期発見と早期治療を心掛ける必要があります。発がん自体を止めることは困難ですが、発見が遅れて進行がんになるとがんの治療のために免疫抑制剤を減量または中止する必要が生ずることがあるため、出来る限り早期のがんで見つけることが重要です。

 効果的ながん検診を行うには、年齢や性別に応じて発がんしやすいがんを中心に検査することが肝要です。臓器別の発がん頻度は年々変化していますが、高頻度ながんは大腸がん、乳がん、肺がん、胃がん、腎がん、腎移植後悪性リンパ腫(PTLD)、子宮がん、卵巣がん、皮膚がん、前立腺がんなどです。特に女性は婦人科系のがん(乳がん・子宮がん・卵巣がん)が多いため、遅くとも40代になれば定期的ながん検診が必要です。また男女とも、大腸がん、肺がん、胃がんなどの一般人に多いがんに加え、腎がんや前立腺がんの定期的ながん検診も必要です。これらの多くは人間ドックやがん検診などでカバーされていますので、各種の成人病検診を利用することが出来ます。

一般人口と移植患者の臓器別がん罹患率の比較

図15

日本臨床腎移植学会雑誌2014年2(1)p48腎移植後の悪性腫瘍(岩藤、中島、渕之上)より

(* 男性のみまたは女性のみの発症率に換算)

9. その他の合併症

多くは免疫抑制剤の副作用

 拒絶反応や感染症や易発がん性以外にも、腎臓移植後にはいろいろな病気や障害(合併症)が起こってくることがあります。その多くは免疫抑制薬の副作用が関係したものです。 免疫抑制薬には多くの種類がありますが、ふつうTリンパ球の働きを抑える薬剤(シクロスポリン、タクロリムス)を中心に、免疫全般を抑えるステロイド剤、それにT・B両リンパ球の増加を抑える薬(アザチオプリン、ミゾリビン、ミコフェノール酸モフェチル、エベロリムスなど)などが適宜組み合わせて用いられます。 シクロスポリンやタクロリムスは、腎障害、高血圧、高脂血症、糖尿病、多毛、脱毛など、ステロイド剤は、満月様顔貌、にきび、白内障・緑内障、高血圧、高脂血症、糖尿病、消化性潰瘍、大腿骨頭壊死など、リンパ球の増加を抑える薬は肝障害や骨髄抑制による白血球減少などに関係します。

定期的に受診し、不調があれば医師に連絡し、勝手に薬を止めない。

 免疫抑制薬の副作用が関係する合併症は放置すると危険なものがありますが、多くは適切な処置や治療でコントロールしたり治したりすることができます。定期的な受診を欠かさず、おかしいと思ったら主治医に相談して適切な処置を受けることが大切で、けっして自己判断で薬を止めたり減らしたりしないでください。

 多くの薬は、体の調子が悪くなると内服を開始し、体調が戻る内服は終わります。しかし、免疫抑制剤は体調の状態にかかわらず、移植腎が機能している間は常に内服が必要になります。どんなに体調がよくても毎日の内服が欠かせない点が、他の多くの薬と異なる点です。透析も拒絶もなく健康な生活が出来るのは免疫抑制剤の御陰と思い、薬の内服を日々の生活の一部にしてください。

図16

免疫抑制剤が関係する合併症

1) 腎障害

 シクロスポリンやタクロリムスが関係します。とくに導入期は頻繁に血液検査(血清クレアチニン)をして早期発見に努めます。薬の投与量(血中濃度)をきめ細かく調節することにより障害を避け、また回復させることができます。薬の血中濃度は導入期では受診毎、安定期にも数ヵ月に1回は測定します。血中濃度を測る当日は薬を飲まずに検査をし(もし飲んでしまったらその旨医師にいいましょう)採血後に服用します。長期にわたる腎障害では薬を減らしても元に戻らない場合がありますから注意が必要です。

2) 高血圧

 透析中からの高血圧が続いている場合もありますが、シクロスポリン、タクロリムス、ステロイドなどが関係する場合も少なくありません。高血圧が長く続くと心臓や血管、腎臓に負担をかけ脳卒中や心臓病、腎障害の原因になります。最大血圧135mmHg、最小血圧85mmHgを超えないようにするのが望ましく、塩分をとりすぎないよう注意し、必要な場合は降圧薬を使用します。

3) 高脂血症

 血液中の脂肪分(コレステロールや中性脂肪)が高くなる状態で、動脈硬化につながります。透析中から続く場合と薬(シクロスポリン、タクロリムス、ステロイド)が関係する場合があります。総コレステロール220mg/dl,LDLコレステロール140mg/dlを超えないことが望ましく、適切な栄養指導を受けるとともに、必要な場合は血液中の脂質を下げる薬を使います。

4) 糖尿病

 ステロイド、シクロスポリン、タクロリムスの影響で糖尿病が起こることがあります。薬の量が減れば正常化することが多いですが、糖尿病が長く続くと移植腎に腎症が現れることがあり注意が必要です。ヘモグロビンA1c(HbA1c)を6.5%以下に保つことが望ましく、食事療法と運動療法を中心に改善に努めます。場合によってはインスリンによる治療が必要になることがあります。

5) 満月顔貌・にきび

 ステロイド剤の副作用です。満月様顔貌は顔が満月のように丸く膨らんできます。導入期を過ぎれば改善しますので、勝手に止めたり減らしたりしないことが大切です。

 

6) 白内障・緑内障

 ステロイド剤の副作用。白内障は目のレンズ(水晶体)が濁ってものが見えにくくなります。緑内障は眼球の圧が上がりやがて視野の一部が見えにくくなります。ステロイドの投与量を調節するとともに、ひどくなった場合は手術します。

7) 大腿骨頭壊死

 ステロイド剤の副作用。太ももの骨の上端がもろくなって骨折しやすい状態になります。肥満を防ぐ、重いものを持たないなどの注意が大切です。

8) 肝障害

 ウイルス感染によるものもありますが、アザチオプリンなどの薬が関係する場合もあります。

9) 白血球減少

 白血球の数が減少する状態で、アザチオプリン、ミコフェノール酸モフェチルなどの免疫抑制薬が関係しています。移植腎の機能が低下している場合はミゾリビンでも起こります。また、免疫抑制剤以外の薬剤(サイトメガロウイルスの治療薬であるバリキサなど)でも白血球が減少することがあります。白血球が減少すると感染に弱くなりますので、薬を減量するか他の薬剤に変更します。また、白血球を増やす薬剤を投与したりします。

10) 口内炎

 口内炎は誰にでも起こりえますが、エベロリムスという免疫抑制剤で起こることがあります。口内炎には治療薬がありますから、もし出来た場合は主治医に伝えてください。

10. 導入期(移植後3〜4ヶ月まで)の生活

週1〜2回受診する

 退院してから、移植後3~4ヵ月までは、原則として自宅で療養し、週1~2回通院します。この時期は急性拒絶反応が起こりやすく、そのため免疫抑制薬の服用量も多く、したがってまた肺炎やサイトメガロウイルスなどの感染症が起こりやすい時期です。規則ただしい服薬と規則正しい生活を心がけましょう。

図17

直ぐに医師に連絡が必要な場合

・高熱(38度以上)がでたとき
・咳やかぜに似た症状があるとき
・息切れ、息苦しさがあるとき
・尿量が減少したり、尿が濁ったりするとき
・急激に体重が増加したとき
・足にむくみがあるとき
・血圧が急激に上昇したとき (最大血圧160mmHg以上、最小血圧100mmHg以上)
・皮膚や口唇、口の中に発疹ができたとき
・腎臓のある場所に違和感を感じたとき
・その他何らかの異常を感じたとき

図18

家庭でのチェックと病院での検査

 上記のような症状を早くみつけるため、体温、体重、尿量(回数)、できれば血圧を毎日測りましょう。結果を記録しておき、受診時に医師にみせましょう。  
 受診時には、尿や血液の検査、血圧、胸のX線、腎臓の超音波などの検査をします。

 服薬状況も正直に医師に報告してください。飲み忘れがあるのに知らせないと、医師は薬の量が足りないと判断しで量を増やすかも知れません。それが副作用や感染症につながる危険もあります。

図19

栄養豊富でバランスの取れた食事を

 食事は合併症がなければとくに制限はありません。栄養豊富なバランスのとれた食事をとってください。水分も自由にとってさしつかえありません。  
 しかし食事がおいしくなって食べ過ぎから肥満の傾向が出やすく、ステロイド剤も肥満を助長しますので、食べ過ぎない注意が必要です。
 高血圧のある人は塩分を控える、高脂血症のある人はカロリーや脂肪分を控える、糖尿病のある人はカロリー制限など、医師から具体的な注意があるはずですから、その指示に従ってください。
 また、移植後は免疫が抑制されていますから、黴菌に弱くなっています。そのため、下痢や腸炎にならないよう、生の海産物は避ける必要があります。必ず火を通すなどしてから食べてください。

 水分については、少なくとも一日あたり1.5リットル〜2.0リットル以上の水分を摂ってください。腎臓が一つのため尿の濃縮力がやや低いので、ある程度の尿量を確保して老廃物を出し切る必要があるからです。

図20

家庭での生活

 仕事や学校に戻るのは腎機能が安定する維持期まで待ちましょう。この時期は自宅で無理をせずゆったりと療養しましょう。  
 体力を保つため家の周りの散歩、ラジオ体操などの軽い体操をするのがいいでしょう。軽い家事もさしつかえありません。  
 激しい運動や重いものを持つのは避けましょう。  
 車、自転車の運転はさしつかえありません。外出はたとえ近くでも人混みは避けます。人混みに出る場合、特に風邪の流行っている時期は、マスクを付けてください。また、外出から帰ったらうがい、手洗いをするよう心がけましょう。  
 毎食後、適切な歯磨きを心がけましょう。歯磨きによって歯肉の腫れ〔免疫抑制薬(シクロスポリン)の副作用〕を防ぐことができます。歯磨きは維持期も続けることが大切です。

図21

ペット

 ペットとくに鳥類は飼わない方がいいでしょう。イヌやネコを手放せない場合はできるだけ屋外で飼いましょう。動物園へ行くのもしばらくは避けた方がいいでしょう。

図23

性生活

 性生活はとくに制限はありませんが、女性では妊娠、出産は腎臓に負担をかけるため1~2年経ってからが望ましく、それまでは避妊した方がよいでしょう。性感染症を防ぐためにパートナーとよく相談してコンドームをつけるなど、安全な性生活を心がけましょう。

11. 維持期(移植後4ヶ月以降)の生活

月1〜2回受診する

 移植後3~4ヵ月を過ぎると腎臓の機能も安定し、免疫抑制薬の服用量も減少し、免疫力も回復してきます。体調がよければいよいよ仕事や学校へも戻れます。その時期は患者さんの状態によって異なりますので、具体的には主治医と相談して決めてください。
 しかし慢性拒絶反応が起こる危険がありますし、感染症(尿路感染症、肺感染症など)から完全に免れたわけではありません。 通院は月1~2回(完全に安定すれば月1回)程度になりますが、導入期から引き続き、規則正しい服薬と規則正しい生活が望まれます。

図17

スポーツ、旅行も積極的に

 あまり体を動かさないでいると体力がつきませんし、肥満や糖尿病などになりやすくなります。そろそろ積極的に体を動かすことを考えましょう。散歩も距離を広げ、少し速足にしてみましょう。軽いジョギング、ゴルフやテニス、きれいなプールでの水泳も可能になりますが、具体的には主治医と相談してください。  
 しかし無理は禁物です。激しいスポーツや、腎臓を圧迫したり打つ可能性のある格闘技などは避けるべきです。重いものを持ったり、高い所から飛びおりたりすることも避けます。心臓病などの合併症のある方は医師の指示にしたがってください。また運動するときは、適宣水分を補給し、脱水状態にならないよう気をつけましょう。特に、30度を超える真夏の屋外は、熱中症や脱水に注意しましょう。
 せっかく自由な生活を手に入れたのですから、たまには旅行なども楽しんでください。ただしその際は薬を忘れないように。

図25

高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満に注意

 食事については導入期と変わるところはありません。食べ過ぎ、塩分や脂肪分のとり過ぎなど偏った食事は、高血圧や高脂血症あるいは糖尿病の原因ともなりますので注意が必要です。すでにこうした合併症のある人は医師の指示に従ってください。肥満も高血圧、糖尿病、動脈硬化、股関節の障害の原因になるので注意しましょう。

*シャントはどうするか

 透析時に使用したシャントは、自然に閉じる場合もありますが、開いている場合は、患者さんの希望や血流量が多く心臓に影響すると考えられる場合には、移植後1年くらいに閉鎖手術を行います。手術は30~60分くらいで終わります。CAPDのカテーテルは感染の危険があるため移植後腎機能が安定した時点で抜去します。

図26

職場や学校に復帰する

 体調がよければいよいよ仕事や学校への社会復帰を果たします。しかし身体の状況や職業によっては戻れる時期が少し違ってきますので、主治医とよく相談してください。実際移植を受けた人のほとんどは職場復帰を果たしており、仕事の状況もほとんど健康人と変わりません。しかししばらくの間は通勤、通学ではラッシュの時間を避けた方がいいでしょう。  
 また移植後2~3年すると油断し、つい残業などの無理をしがちですので、注意しましょう。なお事情が許せば、職場や学校には、自分が腎臓移植手術を受け、免疫抑制療法を行っていることを知らせておいた方がいいでしょう。

図27

家庭での健康管理と注意

 できるだけ定期的に体温、体重、尿量(回数)、血圧などを測ること習慣づけましょう。また何か異常を感じたら医師に相談しましょう。 維持期では慢性拒絶反応や免疫抑制薬による腎障害、あるいは新しい腎臓病やもとの腎臓病の再発が起こることがあり、主治医の指示通り服薬し、定期的な受診を怠らないことが大切です。

*移植腎に新たに起こる、または再発する腎臓病

 拒絶反応とは別に、移植腎に新しい腎臓病やもとの腎臓病(とくに腎炎)の再発が起こることがあります。これらの中にはIgA腎症、巣状糸球体硬化症、膜性腎症、糖尿病性腎症などがあります。

図28

かぜ、その他の病気のとき、予防注射について

 かぜで熱があるときは脱水になりやすく腎機能に影響します。解熱剤の濫用はさらに腎機能を障害する司能性があります。またかぜと思っても他の病気のこともあります。熱や咳、あるいはかぜのような体の不調があるときは主治医に連絡してください。その他の病気やケガで他の病院や歯科医にかかるときは、必ず腎臓移植をして免疫抑制薬を服用中であることを知らせます(検査値、薬剤を記載した手帳などを携帯し、受診時に示しましょう)。とくに麻疹、水痘は感染すると重くなりやすいので、家族、職場、学校でかかった人が出た場合はすぐに主治医に連絡し、適切な処置をとってください。  
 予防注射の必要がある場合は、必す主治医に相談してください。

*他院への転院

 居住地が遠いなどの場合は、近くの病院に転院することも可能ですが、その場合は主治医と相談の上、密接な連携のもとにその後の管理をしてもらいましょう。

図29

12. 妊娠と出産について

腎移植を受けた多くの女性が元気な赤ちゃんを産んでいます

 女性の妊娠、出産が可能になるのは賢臓移植の大きな利点の1つです。すでに多くの腎臓移植を受けた女性が元気な赤ちゃんを生んでいます。  
 移植腎がよい状態であれば、妊娠、出産しても、多くの場合腎機能に大きく影響することなく、赤ちゃんも元気に育っています。

図30

腎臓に負担をかけない帝王切開が多い

 腎臓移植後に免疫抑制薬(シクロスポリン)を服用している人の全国的な調査によると、123人の女性が140回の妊娠を経験し、うち80%の方が出産しています。お産の方法は腎臓に負担をかけないために満期よりやや早めに帝王切開で行われることが多いようです。しかし最近では自然分娩も増えています。いずれにせよ、無事元気な赤ちゃんを生むには産科医と移植医の密接な連携が大切といえます。

腎臓の状態がよいことが妊娠・出産の第一条件

 妊娠・出産は健康な女性でも幾分かの危険を伴う大変な仕事です。ですから妊娠・出産の希望があれば、いつでもだれでも、というわけにはいきません。  
 まず移植後1年以上経過して、移植腎の働きが十分よいこと(血清クレアチニン1.5mg/dl未満)、蛋白尿がないこと、高度の高血圧がないこと、糖尿病がないことなどが条件です。  
 妊娠・出産した女性の大部分の人はその後も腎機能のよい状態が続いていますが、一部の人では出産の何年か後に再透析となっています。妊娠前の腎機能がよいことが妊娠・出産にとって大切であることが分かります。

*男性の場合

男性の場合も、胎児や赤ちゃんへの影響はとくに問題ないとされています。

妊娠を希望する時は事前に医師に相談を

 妊娠・出産を希望するときは、できる限り事前に主治医に相談してください。妊娠・出産に適した状態かどうかを判断するとともに、「計画妊娠」といって妊娠へ向けての治療方法を検討する必要があるからです。  
 免疫抑制薬の中には奇形の子が生まれやすかったり(催奇形性)、流産になりやすいものがあり、これから妊娠したいというときや妊娠中は中止したり他の薬剤へ変更する必要があります。幸いなことにこれまでの海外や日本の経験では奇形の赤ちゃんがとくに多いということはないようです。

母乳栄養は避ける

 移植を受けた女性でも、妊婦検診は一般の妊婦と変わりません。妊娠7ヵ月くらいまでは月1回、予定日に近づけば月2回、週1回と受診を増やします。腎臓と産婦人科の2つの科を並行して受診することになりますが、もし何か異常があれば両方の主治医に相談し、その指示に従ってください。  
 めでたく元気な赤ちゃんができたとして、その育て方ですが、母乳栄養はあきらめなくてはなりません。免疫抑制薬の多くが母乳に入ることが分かっているからです。

腎臓移植を受けた女性の妊娠・分娩の経過

図31

〔高橋公太:腎移植患者のフォローアップ、日本医学館、1999より〕

贈られた腎臓を長持ちさせるために

 提供された腎臓を大切にし、できるだけ長持ちさせることは移植を受けた人だけでなく、腎臓を提供した人の願いでもあります。  
 しかし残念なことに、せっかくの腎臓を失う結果になってしまうこともないわけではありません。その約半数は免疫学的な慢性拒絶反応で、その理由の約半数は服薬を怠ったことによるという報告もあります。

 残りの半数は非免疫学的な理由によるもので、感染症・元の腎臓病の再発・移植腎の血管や尿路の問題・他の臓器の問題・がんなどです。そのため、感染に罹ったら早期に外来を受診することが大切です。そして、移植腎だけでなく、全身の健康管理や合併症のコントロールが大切になります。

規則正しい支持どおりの服薬がなにより大切

 実際移植後5年、10年と経ったから起こる拒絶反応の中には、意識的にせよ“うっかり”にせよ、規則正しく服薬されていないために起こるものが少なくないと推測されており、欧米などでは服薬の怠りが移植腎を失うもっとも多い理由の1つにあげられています。

 提供された腎臓を長持ちさせるために、規則正しい服薬は基本的に大切なことです。  医師の指示どおり正しく服薬し、万一のみ忘れがあったときは、主治医に相談してください。副作用が気になったとき自分で薬を調整せず、必ず主治医に相談しましょう。

薬の飲み忘れを防ぎ、薬を安全かつ有効に使うため、以下のことに注意しましょう

守るべきこと
  1. 服用する薬の種類と名前、服用方法を確認しましょう。
  2. 薬は医師または薬剤師の指示どおり服用しましょう。
  3. できれば決まった場所に保管し、決まった時間に服用しましょう。
  4. 副作用と思うものはすべて医師に報告しましょう。 外出時や旅行時に薬を
    忘れずに携行しましょう。

してはならないこと
  1. 自己判断で薬の服用を止めたり、服用量を増減してはいけません。
  2. もし服薬を忘れたり、吐いてしまったときは、次回に2回分服用してはいけ
    ません。 (このような時は主治医に連絡し、指示を仰ぎましょう。)
  3. 医師に相談することなく、市販の薬を買って服用してはいけません。
  4. シクロスポリン、タクロリムスを服用している人は、服用時または服用前後に
    グレープフルーツ、グレープフルーツジュースを飲んではいけません(薬剤の
    血中濃度が上昇し、たくさん服用したのと同じことになります)。

13. 主な免疫抑制剤

見出しは薬の一般名、カッコ内は商品名です。
服用量や回数は患者さんの年齢や状態によって異なります。

シクロスポリン(ネオーラル、サンディミュン)

使用目的
拒絶反応の予防と抑制

副作用
多毛、手指のふるえ、歯肉が厚くなる、腎障害、高血圧、糖尿病、肝障害など。

注意点
免疫抑制療法の中心になる薬。血液検査で血中濃度を測りながら服用量を決める。グレープフルーツ、グレープフルーツジュースと一緒に服用しない。

タクロリムス(グラセプター、プログラフ)

使用目的
拒絶反応の予防と抑制

副作用
脱毛、手指のふるえ、腎障害、糖尿病、心臓の障害など。

注意点
免疫抑制療法の中心になる薬。血液検査で血中濃度を測りながら服用量を決める。

ミコフェノール酸モフェチル(セルセプト

使用目的
拒絶反応の予防と抑制、難治性拒絶反応の治療

副作用
下痢、食欲不振、白血球減少、貧血

注意点
ふつうシクロスポリンやタクロリスムと一緒に使われる。他の免疫抑制薬が効きにくい、治りにくい拒絶反応の治療にも用いられる。

[ステロイド剤] メチルプレドニゾロン(メドロール)
           プレドニゾロン(プレドニン)

使用目的
拒絶反応の予防と抑制、拒絶反応が起こったときの治療

副作用
満月様顔貌、にきび、肥満、消化性潰瘍、白内障・緑内障、糖尿病、高血圧、骨がもろくなる、皮膚が薄くなるなど。

注意点
ふつうシクロスポリンやタクロリムスと一緒に使われる。拒絶反応が起こったときの治療では注射剤で大量を短期間便用する(ステロイド・パルス療法)。

サーティカン (エベロリムス)

使用目的
拒絶反応の予防と抑制

副作用
口内炎、浮腫、白血球減少、血小板減少、高脂血症、創傷治癒の遅延、血栓

注意点
腎移植後数週間経ってから追加して使用されることが多い。その際、ステロイドは中止することも多い。投与量を増やして抗癌剤としても利用されている。ウイルス感染の防止や心血管障害の軽減や組織の繊維化の防止など多彩な効果があり得る。

アザチオプリン(アザニン、イムラン)

使用目的
拒絶反応の予防と抑制

副作用
白血球減少、肝障害(黄疸)、食欲不振、吐き気など。

注意点
ふつうシクロスポリンやタクロリムスと一緒に補助的に使われる。

ミゾリビン(ブレディニン)

使用目的
拒絶反応の予防と抑制

副作用
白血球減少、食欲不振、吐き気、口内炎、膵炎など。

注意点
ふつうシクロスポリンやタクロリムスと一緒に補助的に使われる