患者さんへ

特別インタビュー末期腎不全の患者さまに「根治療法」を 「腎移植」で生活の質と生命予後を改善

「腎移植」で生活の質と生命予後を改善

腎臓病が進行し「末期腎不全」になると体内の老廃物を排泄することができなくなり、生命にかかわります。失われた腎臓の機能は元に戻らないので、根治療法は「腎移植」一択です。板橋中央総合病院では、この4月に臓器移植の経験豊富な中島一朗医師率いる7名のプロフェッショナルにより「臓器移植センター(移植外科・腎臓外科)」がスタートしました。

中島一朗医師
臓器移植センター(移植外科・腎臓外科)
センター長
中島 一朗医師

腎移植は末期腎不全の唯一の根治療法

先生は日本における「腎移植」の第一人者とうかがいます。まず腎臓はどんな臓器なのか、基本から教えてください。

腎臓は背中側の腰よりやや高い位置に、左右1個ずつある臓器です。大きさは握りこぶしほど。代表的な役割は4つあり、
①血液を濾(ろ)過して、老廃物を尿として排泄する。
②排泄する尿の量で体内の水分量を調節すると共に、
 体液中のナトリウム、カリウム、カルシウムなど「電解質」の濃度を調整する。
③体液を弱アルカリ性に保つ。
④ホルモンを作る。
たとえば酸素を運ぶ赤血球の産生を促すエリスロポエチンや、血圧調節に働くレニンを分泌します。カルシウムの吸収を助けて、骨や歯を丈夫にするビタミンDの活性化も腎臓の仕事の一つです。

腎臓の構造
腎臓の構造

腎臓の病気には、どんなものがあるのですか?

一番多いのは糖尿病のために起こる「糖尿病性腎症」、ついで「慢性糸球体腎炎」、他に高血圧が引き金になる「腎硬化症」や「多発性嚢胞腎」、「慢性腎盂炎」などがあります。
最近は、慢性的に進行する腎臓病をまとめて「慢性腎臓病」と総称するのが一般的。腎臓の機能がどのくらい残存しているかによって、G1〜G5(※)の5つのグレードに分類されます。
腎臓はとても予備能力の高い臓器なので、病気を発症しても初期はほとんど自覚症状がありません。残っている機能が10〜20%を下回って初めて、むくみ、尿量減少、夜間尿、頻尿、倦怠感、貧血、皮膚のかゆみなどの症状が現れます。これはグレードでいうとG4=残存機能15〜29%の「高度低下」や、G5=同15%未満の「末期腎不全」に該当するレベルです。
G:GFR。糸球体濾過量。糸球体が老廃物を濾過する能力のこと。血液検査のクレアチニン値から算出することができる。

「腎不全」というのは、病気の名前ではないのですね?

はい。腎臓の機能が低下し、正常に働かなくなった状態を指します。脱水やショック状態、薬剤などが原因で急激(数時間〜数日)に低下する「急性腎不全」と、慢性腎臓病が進行し、数ヵ月〜数十年かけて悪化する「慢性腎不全」に分けられます。急性腎不全は治療によって腎機能が回復・快癒する例が多いのですが、慢性腎不全では機能回復がまず見込めません。

治療法はないのですか?

薬物療法や食事療法、運動療法で極力進行を抑えますが、末期腎不全に至ると、腎臓の機能を代替する治療「腎代替療法」の導入検討を始めます。老廃物が体内に溜まり「尿毒症」を起こすと命にかかわるからです。
腎代替療法には「透析療法」と「腎移植」の2つがあり、それぞれ「血液透析」と「腹膜透析」、「献腎移植」と「生体腎移植」の2種類に分かれます。

"透析”はよく耳にしますが、どんな治療なのでしょう?

腎臓には毛細血管が毛糸玉のように丸まった「糸球体」という組織が200万個もあり、この血管壁がフィルター役を果たします。大事な血球やタンパク質を確保する一方、血液中の老廃物を濾(こ)し取るのです。その後「尿細管」で栄養素など必要な物質を再吸収し、残りが尿に。この過程で電解質や酸・アルカリのバランスも整えます。
透析療法とは老廃物を人工的に取り除く治療で、患者さまは339,841人(2018年末)。うち約97%が血液透析です。腕などの血管に血液の出入り口(バスキュラーアクセス)を作り、血液をポンプで体外循環させ、人工腎臓のフィルターで浄化します。
腹膜透析は消化器や肝臓などを包む「腹膜」をフィルターとして利用する方法で、お腹にカテーテルを埋込んで腹膜内に透析液を注入し、老廃物を濾し取ったあと、新しい透析液と交換するものです。

そしてもう1つの腎代替療法が、腎移植ですね。

腎提供者(ドナー)の腎臓1つを体内に移植し、腎臓の機能を回復させます。現在の医療では、末期腎不全の唯一の「根治療法」です。
体内の腎臓は24時間365日働くのに対し、血液透析は一般に週3回の通院で各4時間。腹膜透析は家庭で毎日実施しますが時間は限られます。いずれも血液浄化と、慢性腎不全の諸症状改善効果に限界があり「対処療法」といえるでしょう。

腎移植を実施した方のほうが、透析療法を受けている方より長生きできるとか?

1999年、世界的権威のある医学雑誌「The New England Journal of Medicine」に移植待機をしている透析患者さま46,164人と、移植を受けた23,275人の生命予後を比較した論文が掲載されました。移植の方が4年生存率で68%も死亡リスクが改善したのです。
2018年に日本透析医学会が発表した透析患者さまの死因も特徴的であり、1位:心不全23.5%、2位:感染症21.3%でした。同年の日本人全体の死因は1位:悪性新生物(がん)27.4%、2位:心疾患15.3%、3位:老衰8.0%、4位:脳血管疾患7.9%ですから明らかに違います。
透析療法を長期間続けると、血管の石灰化など動脈硬化が進みやすく、血圧も不安定で心臓に負担がかかります。感染症はバスキュラーアクセスやカテーテルの出入口から細菌感染を起こしやすいことが原因です。

腎移植のほうが、食事や飲水の制限が少ない、旅行や出張が可能、入浴や水泳の制限がない、通院回数や治療の拘束時間が少ないなど、日常生活の自由度が高いのも利点ですね。

腎臓のコンディションがよければ、妊娠・出産も可能ですよ。また、お子さんは腎臓機能の回復で成長の遅れが防げますので、特に推奨されます。

拒絶反応を克服し腎移植を成功に導く

日本では、何人ぐらい腎移植を受けているのですか?

2018年は1,865例で透析患者の0.55%。まだまだ少数派です。内訳は日本臓器移植ネットワークに登録し、ご遺体から提供を受ける献腎移植が182例、親族から片方の腎臓をもらう生体腎移植が1,683例。
日本で死後にドナーとなるのは、脳死でも心臓死でも、生前に免許証裏面など書面で臓器提供の意思を示している方のみ。国民性もあるのか諸外国と比べ非常に少なく、人口百万人に対し0.8人で長年横ばいです。独14.9人、英15.5人、米21.9人ですから、移植認定医として歯がゆい思いをしてきました。

腎移植手術
腎移植手術

左腎を右腸骨に移植したところ腎動脈を内腸骨動脈に腎静脈を外腸骨静脈に吻合している

生体腎移植は増えているのですね?

2001年の554例と比すれば約3倍。今後も増えるでしょう。生体腎ドナーは6親等以内の血族と、配偶者及び3親等以内の姻族(配偶者の血族および血族の配偶者)で、提供に強制や金銭授受があってはなりません。
生体腎移植増加の背景には「免疫抑制剤」の飛躍的進歩があります。ヒトには病原体やがん細胞などの「異物」を排除する免疫機能が備わっており、移植される腎臓=移植腎も他者の細胞ですから異物と認識され、そのままでは、免疫細胞の攻撃目標となってしまうのです。

体を守るための免疫機能が、ここでは裏目に?

免疫は大きく分けると、異物を片っ端から攻撃する「自然免疫」と、異物の特徴を見定め特定の異物だけを攻撃する「獲得免疫」があります。後者はT細胞(細胞傷害性T細胞)が直接攻撃するタイプと、B細胞が専用の武器(抗体)を作り攻撃するタイプに分類できます。近年はどのタイプの免疫でも抑える方法が確立されました。
ドナーとレシピエント(被提供者)の間で輸血できない血液型であったり、白血球の型(HLA)が異なったりすると、より拒絶反応が強くなるのですが、現在はほぼ移植が可能です。

適応が広がったのですね。

事前の血液(リンパ球)検査で、レシピエントが移植腎に対し、過去の輸血や妊娠等をきっかけに抗体をもっている「抗ドナー抗体陽性」が判明することがあります。通常、移植は難しいのですが、当院では免疫抑制剤や特殊な血液浄化などを組合せ、ある程度克服することが可能です。患者さまの希望に、極力寄り添う努力を重ねています。

一方、ドナーは提供する臓器の摘出手術が必要です。

当院では開腹せずに行う「腹腔鏡下手術」で行います。腹部に数ヵ所小さな穴をあけ、内視鏡と器具を挿入して行うため、痛みと出血が少なく負担は最小限。私は2001年来1809例を手掛け、世界でもトップクラスだと思いますが、開腹移行や輸血を必要とした症例は1例もありません。
健常であれば70歳代でもほぼ安全にドナーになれます。高齢の親御さんが提供を申し出てくれた時、子ども側も気兼ねなくお願いできるでしょう。

移植手術は、どのように行うのですか

通常は右の下腹部に移植します。移植腎の動脈と静脈を、レシピエントの足のほうにいく血管にそれぞれつなぎ、次いで尿管を膀胱につなぎます。自分の腎臓(自己腎)はそのまま残すケースがほとんど。所要時間は4〜5時間です。
移植の時期はドナー候補がおられるなら、末期腎不全診断後なるべく早い方が予後良好です。透析療法に入る前に行う例も増えています。

手術後、生涯にわたり免疫抑制剤を服用するのですか?

術後3〜4ヵ月の導入期は前述のT細胞による急性拒絶反応を発症しやすく、以後の維持期は抗体による慢性拒絶反応が起こりやすいとされ、それぞれに合わせた免疫抑制剤を適宜服用します。
服用を怠ると移植腎を失う可能性があり、一大事です。

他に注意点は?

腎臓病の再発を防ぐため、糖尿病や高血圧など基礎疾患治療をしっかり行い、生活習慣にも心を配りましょう。また、免疫抑制剤の影響で弱い菌にも日和見(ひよりみ)感染を起こしやすく、発がんリスクも若干高まります。定期検診など医師の指導に従ってください。日本で数少ない腎移植が受けられるのはとてもラッキーなこと。健康に留意しつつ、前向きな人生を送りましょう。

腎代替療法の比較
腎代替療法の比較

ありがとうございました。

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